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sakanaの日記

借り物について、憂鬱なつぶやき

隙あらば憂鬱の影がわたしのすきまに忍び込んできます。

本からは先人たちの知恵を学ぶことができる。だから、たくさん本を読みましょう。みたいな、ことをよく見ませんか。まぁ間違ってはないと思います。 一部のわけわからない本以外は、誠意をもった人が世の中を少しでもよくしようとか面白がらせてやろうと考えて作られたものなわけですから、本を読むことで自分だけでは決して経験することのできない出来事や決して思いつかないようなアイディアを学ぶことができると思います。得られるものは実生活で有用なものであることも少なくありません ...少し本、という広いくくりで述べてしまったのですが、様々な形式やジャンル問わず、「重要だ」と乱暴に言うことはできるでしょう。 ですが、本から学んだ知識は道具であるという事実を忘れてしまいがちです。本から得られたことは、自分の生きる道をどうするか、どうやって切り抜けるかのヒントであり、道具でしかありません。

わたしは精神的に疲弊すると、そのたびに小説やらエッセイに救いの一文を求めました。意識的にも無意識的にも自分の生活に何かしらの希望を与えてくれるようなエピソードを探し続けてしまいます。

何が言いたいのかというと、わたしはいま、この歳になってようやく、自分の頭で何かを考えるということを、見つけられるかもしれません。 何かを考えるには、何も参照してはいけないのです。 そして、何かを考えるというのは最後に何らかの形にまとめることです。 また、考えることには自然と行動することを伴います。

つまりわたしはいまのいままでなにも考えていなかったに等しいのではないか。 借り物の道具を使って考えているような気になっていた。 ちっとも頭を使えていなかった。頭を使うことがどういうことか忘れてしまった。そのくせ、だれよりも頭を使っているようなフリをしてきました。 とても恥ずかしいです。

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